2007年8月 6日 (月)

その場しのぎ

知ってる人のブログで見つけた言葉。
その場しのぎがモットーです、と。
開き直っているんじゃなく。
小さく苦悩しつつ。
大言吐くでもなく。
理想とリアルをほどほどに知りつつある年頃の。
明日はしのげるかなって。

やらなきゃいけないことも
悩んでいることも
言葉にならない返事も
答えの手がかりも
形にならないまま
違和感も
目を瞑りたい気持ちも
ちょっとそのままにしておきたい気持ちが
置き去りに
明日は来て
時間は待たず
人も待たず
世界も待たず
先の事を考えることも必要だろうけど
実際は今日でやっとだし
その場しのぎ
今日さえなんだか、いいのかぁって感じで過ぎてゆく
一生懸命じゃない自分
少し攻めて今日も過ぎて
でも時々ギュッとするほど苦しくなって
好きなことだけ考えていられないし
少し泣いてみたりして
その場しのぎ
なんて自然な言葉だろうと思ったんだよな
なんでかな
急に入ってくる言葉ってある
なんでもない言葉が力を持って

その場しのぎ
しっくりする
ちょっとなぐさめられちゃって

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2007年7月31日 (火)

タイムマシン

タイムマシンで未来に来ています。
私が小さな頃に住んでいた町によく似ています。
風も空も草の匂いもそのままなのに、町や人が随分年老いて、私を置いて行ってしまったようです。

いつの間にか私を追い越して大人になった弟は結婚し、親戚には10年〜20年ぶりに会いました。子供はみんな大人になっています。大人は年を取って小さくなっています。
「こんにちは」と言います。「久しぶりね」と言います。
子供の頃にしか会ったことない従兄弟達。結婚して子供もいて、知ってたけど、知ってるけど、なんだか、自分だけ小学生の時で記憶が止まっています。

父も母も年をとり、空港では父がわからなかった。(迎えに来ると思わなかったからもあるけれど)あまりに小さくて。足取りがたよりなくて。

故郷に帰るといつも時間がおかしくなる。時間に乗れなくて、昔に行きすぎて苦しくなる。目の前と昔がいっぺんにやってきて、胸が痛くなる。すこし時間がかかる。チャンネルがみつからなくなる。

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2007年6月19日 (火)

消せない言葉

自分がそういうつもりじゃなくても、誤解されたかも・・・と思う言葉。
言葉を重ねれば重ねるほど、言い訳のようで、気付けば気付くほど言えなくなる。
ゴールにたどり着けずに、中途半端に空にほおりだされて帰ってこない。

根本からでなくとも、信頼という小さな蕾がパリンと割れて、小さくとも切れ味の良い傷を相手に残す。

後から少しずつ、その言葉が追いかけてくる。クレッシェンドで自分の中で鳴り響く。
壊れたおもちゃのように、カラカラと役立たずな音を立てて、帰り道、自分の胸の中で鳴り続けてるよ。

忘れたい。時間を戻したい。消したい。言い訳したい。「そうじゃない、そういう事が言いたいんじゃなくて、わかってくれる?」
だけど、時間がたつごとに、遠くなっていく。嘘っぽくなって、戻れなくなって、失敗した絵のように破って捨てる。
もう、見たくないって。

そういう言葉はどこに葬られるのだろう?
そういう愛されない言葉たちの行方はどこだろう?
どこかに捨ててこれて、もう思い出すこともなくなれば辛くないけど、そういう言葉こそ忘れられなくなる。捨てられない。

知らない振りしてるわけじゃない。ずっと忘れてない。
ごめんなさい。ごめんなさい。そうして小さく罪みたいに、自分にこびり付いて行く。

悪い意味で生まれてしまった言葉も、ちゃんと抱えていよう。
悪い意味でも、人に届いてしまう怖さをちゃんと忘れずにいよう。

時々、そんな悲しい言葉の真ん中で、途方に暮れることもあるけれど。

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2007年6月 4日 (月)

嘘をつかないといけない時もある

傷つかないために
傷つけないために

壊さないために
壊れないために

真実だけが答えじゃないと今ならわかる

優しい嘘を
つき続けてね

優しい嘘を
つき続けるよ

優しい嘘は僕の中では本当なのだから

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バタフライ効果

カオス理論。
「アマゾンの蝶が羽ばたくとシカゴに台風が起こる」

「一見無秩序に見えるが背後に無数の秩序構造を持つもの」という力学現象をあらわす。

少しの加減でその先が大きく変化してゆく。過去に戻り、あの時のあの言葉を行動を考えを想いを少し変えていたならば・・・。
無限の未来を私たちは孕み、その上に存在している、今の自分。
じゃぁ、その別の無数の自分はどこへ行ったのか?どこかで存在しうるのか?
知らないその世界で自分が生きているのか?
叶えられなかった願い。届かなかった想い。無限の自分への手紙。君の手をつかまえに。
せめて空想の中だけでも。

ドラえもんにもあった。そんな話。

誰もがそんな事を考えたりするだろうな。
宇宙に埋もれてしまった自分を助けたくて、時々、自分だけの物語を紡ぐ。誰にも言わないけど。自分で自分を救いに行くんだ。

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青レンジャー体質

私は、いつも2番目だった。

1番は似合わない。影みたいに、少し実態とずれた場所が安心する。

写生コンクールは銀賞、成績も2番目。楽器もセカンド、裏メロのパートが多かった。まぁ、好きだったのもあるし。裏メロ。主役、1番、表舞台は苦手だ。
時々、適任がいなくて委員長、団長、部長とかをやらされた事もあったけど、そういうのは心地悪いものだった。そもそも、派閥争いに入っていないからなったようなもんだし。

とにかく、根っからの青レンジャー体質だ。

クラスで一番美人で強い子っている。活発で華やかで、良くも悪くも注目を浴びている。私は、そういう子になぜか好かれる事が多かった。

私もそういうリーダー的女の子が嫌いではなかった。
女の子の中では怖がられたり、本当は嫌われているような、綺麗で残酷な子も嫌いじゃない。

そういう子には、たいてい少し家庭にも問題があったりしてて、ませていたり、いじわるだったりもしたけれど、2人でいるときは、案外、嫌な子なんかじゃなかったし、きっと、少し寂しかったり、誰かといたかったりしたのだろうと思う。
そして、何より、そういう子は、私を必要としてくれた。私といると安心しているようだったし、普通にかわいかった。
他の子達はいじめても、私は同等に扱われていた。

まぁ、そういう意味でも、2番目体質だ。補佐的体質というか。

今まで、1番に憧れたことも、羨ましいと思ったこともないけれど、ひとつだけ、1番になりたかった事がある。叶わないけど。
それだけは、本当は、どうしてもなりたかった。言えなかったけれど。

私は、思ってる事を、計算も出来ずそのまま言う方だけれども、本当に大事なことや肝心なこと、核心に近すぎることはむしろ言えない。近すぎて、胸の奥で堅くなってしまう。表に出てこれずに。私の赤レンジャー魂は、かなり奥まっている。赤レンジャーなのに、弱い。

私は、自分の人生において1番になれるのかなぁ。自分の実態はひとつしかないのに、まるで実態は、別のどこかにあるみたいだ。影みたいに自分の2番目が自分のようだ。1番の自分を引き受けられる日が来るのだろうか。

青レンジャーだとかっこつけすぎですぎかなぁ。もはや、一番意味不明の緑レンジャーでもいいですけども。アマゾンライダーとか。ヒーローなのに、さ、さえない・・・

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2007年5月17日 (木)

他の人が、他の人を見ているその人の目線を見てしまう。

意味がわかんないね。

えっと、今日は、二つ見ました。

1つめは、若い警備員。小さな女の子のスカートから伸びた足を見てた。その目を見る私。

2つめは、たぶん援交してる女の子の顔を、女子中学生2人が振り向きざまに、顔を確認して笑っていた。その目を見る私。

当人達は気付かぬであろうその目線を見て、自分がその人の目を見てしまった事に、少しだけ、人の心を垣間見たようで、やましい気持ちになる。知らないその人の心に少し触れてしまったようで怖くなる。

もしかしたら、その私の目線を見ているまた他の人もいたかもしれない。

他人という凶器。目線という制裁。

こうしてすれ違う沢山の人々。知らない人々。ちょっとした人の心の破片。変なニュース。

少し怖くなったんだ。あなたの手を握りたくなった。

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2007年5月15日 (火)

母の日

どんな人にも母がいるのですね。どんな人間もお父さんとお母さんから生まれたのですね。例えばお父さんとお母さんに何か、大人の事情があろうとも。

どんな悪い人にも、どんな変な人にもお父さんとお母さんがいるのですね。理由がどうであれ。10ヶ月、人間のお腹の中で、神の聖域で生きていたのですね。素敵ですね。そんな素晴らしい事実の記憶をなぜ、神は忘れさせるのでしょうか。すごく失敗です。すごく残念です。

私は、結婚はわからないけど、子供はいつか欲しいと思っています。
そういう人は意外にいるような気がします。
でも、実際問題、それは簡単なことではないので、経済的には心配のないように自分一人でも育てられるようにはしたいと昔からなぜか、思っていて。昔から、少し、陰からのものの見方をしてしまいますが、それはやめたいです。出来れば、楽天的にイメージトレーニングしたいのですが。いつも、悪い状況を仮定してしまう心配性な性分は自分でそう招いているようで、本気でいやです。直そう。

それに、やっぱり子供は小さいうちは「普通」に憧れるような気がします。父も母も欲しいと思います。どんなに強がっても。

最近は、たった一人でがむしゃらになったって、たぶん、無理な事はたくさんあるともわかってきました。色々と。そして、たぶん、それは少し悲しいことです。一人の深く苦しい愛情よりも、沢山の愛情の中で育つ方が、子供にとっては、やっぱり幸せかなぁと、思うようにはなりました。←予定もないのに心配しているところが、やはりバカです。

母性というわけではないです。なんでしょう・・・わからないからです。
人間が。自分の遺伝子を持った生物が、意志を持って生きていく不思議が。
私を、憎んだり、愛しんだりしながら、そして、自分も、苦しんだり、泣いたり怒ったりしながら、唯一無二の存在に、言葉にならない愛しさを想い、いないはずの神にさえ、感謝してしまいそうな感覚に陥りたいです。

だから、いつか、やっぱり子供が欲しいなぁ。で、「お母さんありがとう」のあたりまえすぎる言葉をもらいたいです。で、うるうるして、あたりまえに「ありがとう」と言って、一緒にハンバーグを食べたい。

ちなみに、母の日の父が好きでした。
スーパーの入り口にあった花を、ちゃんと選びもせず、「それでいいんじゃないか」という父が。

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2007年4月19日 (木)

無題

最近は、悲しいのに少し笑ってしまう感じと、嬉しいのに泣けてくるみたいな感じの感情をすごく書きたい。
泣き笑いと笑い泣き。なんかその感情が解け合っているのが、人間的だなぁと感じて。
悲しすぎて笑ってしまったりとか、笑ってるのになんか、気がついたら泣いていたとか。
感情が振り切れて少し、バランスがおかしくなってしまうか、もしくは、ちゃんと繋がっていて、ぶつかって繋がってそうなってしまう感じと。どちらの場合もあるのだろうけども。

笑っているのに泣いているみたいな人。
「平気」と言って、見たこともないような悲しい顔をした人。
なんか、そんな事がすごく胸に残っているので。

そういった意味で、これなんて、愛情感じる。ずっと、前から見てごらん。おかしくてかわいくて泣いてしまうから。

父さん、そのジャージ、僕のです。http://homepage.mac.com/shunsuketamura/papa/index.html

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主人公

まず、主人公。これは、いつもその時の精神状態に一番シンパシーがある年代と性別が勝手に浮かぶ。
これは、シナリオを書く特権かも。勝手に、誰にでもなれるから。あらゆる年代のあらゆる種類の人になりたいと思えばなれる。

今、乗り移ってるのは14歳男子か17歳女子だな。
14歳男子のモヤモヤした衝動と、未熟さ、危険さ、子供なのに挑戦的で、自分でもてあました感情と身体の発達のアンバランスさ、そしてバカ。その辺がシンパシー。
17歳女子は、残酷でドライで、でも一方で何かを信じたくて夢をみたくて、傷つけたり傷ついたりしてみたり、繕って、嘘ついて、泣けなくて、大人を嫌悪してたみたいな部分。

うーん、どっちかで行こうと思う。




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